2023年11月30日 7:51:35
Imazu
第十四回この刀に刃文はあるの? 古千手院太刀の刃文と働き
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【焼刃がない?細直刃の刃文】
細直刃(ほそすぐは)出来の刀をご覧になり、この刀には刃がないの?と聞かれることが間々あります。
刃文とはすべて乱れているものという認識があるのでしょうが、刃文とは焼き入れによって硬度が高くなった部分のことであり、刃文の形は様々です。
確かに全く乱れのない真直ぐな刃文は、遠目には刃文の様子が良く判りません。詳しく説明すると納得されるのですが、意外に真直ぐな焼刃に刃文はないと思い込まれている方も多いのではないでしょうか。
【焼刃土の謎】
江戸時代以降の刀の造り方による刃文は、焼刃土(焼き入れの際に刀身に塗り施す特殊な土)の塗り方によって決まったようです。即ち、直刃も乱刃も丁子刃も、すべて焼刃土の塗り方で決定するのです。
では古い時代にはどのような方法が採られていたものでしょうか。大変興味深いところですが、実はよく判っていません。この古千手院の時代ではなおさらです。
【幽玄な小乱の刃文】
一般的に平安時代の日本刀の刃文は、沸や匂がくっきりとした互の目や直刃調とならず、刃文の形状が細かく複雑な状態です。これが小乱と呼ばれる刃文です。
このような場合も、刃文があるのかないのか良く判らないため、古い時代の日本刀には刃文はあるの?と聞かれることがあります。
【平安時代の日本刀の刃文】
ところが仔細に鑑賞すると、複雑な沸や匂による乱れのその中に金線やほつれ、沸筋、砂流しなどが含まれていることが判ります。これが平安時代の刃文とその働きです。
働きの一つ一つは江戸時代の刀に現われるものと全く同じです。
ただ沸や匂が深く、しかも沸や匂の乱が大きくならず、時に浅い湾れのようにも感じられ、部分的には直刃のように見えるなど、江戸時代の刃文とはずいぶん違っているものです。
【焼落とし(やきおとし)とは?】
また、時代の古い太刀の特徴の一つに、区(まち)部分に焼刃が施されていない例が多くあります。刀剣類で物を切った場合、最も強く力が加わるのが手に持つ柄の辺りであるという研究があります。
即ち、茎から刀身下部の区の上辺りまでを特に柔軟性に富んだ構造とするべく、また、刃区(はまち)部分が欠けないよう、区から上へ三寸ほどには焼刃を付けていないのです。
これを焼落とし(やきおとし)と言います。もちろん、この太刀にも焼落としがあり、製作時代を判断する要素、あるいは健全度を知る要素となっています。
【古名刀と現代刀】
日本刀の鍛造方法の基本は極言すれば玉鋼を折り返し鍛練し、焼刃を入れるということになります。この基本は日本刀の長い歴史の中で左程極端には変わっていないはずです。
しかし、平安時代の日本刀や鎌倉時代の太刀などは、現代刀匠の鍛造する作品とは明らかに異なる要素を持っております。
この違いの大きさに驚きと畏敬の念を持つ愛好家は多いのではないでしょうか。
現代科学を駆使しても容易にその全容を明らかにしない謎に満ちた美術品・・・・
此の摩訶不思議さが日本刀の魅力の一つとなっているのでしょう。
日本刀専門店 銀座長州屋